使用済み天ぷら油の再利用

kinnkann私の実家では、使った天ぷら油を肥料として木の根元にまいています。

油を搾り取った「カス」が油かすだから、天ぷら油を肥料に使っても同じことと、人から聞いたときは、その当たり前の道理に妙に納得しました。

植木鉢やプランターではやったことがありませんが、庭ならば多少、周りが油っぽくなっても、微生物やミミズなどがいて、自然に分解されると思うので問題ないと思います。

このキンカンはその天ぷら油で育てた木の実です。3年目の今年は、小さくても最高に甘くなりました。

 

「神戸スイーツでバイオガス供給」エネルギー転換やる気になればできるんじゃないの?

今日アサヒコムに出ていた記事。「神戸スイーツでバイオガス供給 製造過程のゴミ生かす」。アサヒコムの記事はたいていいつか消えてしまうので要約しておくと、

「神戸市は現在既に下水処理施設から出るメタンガスを主成分とするバイオガスを一般家庭約2千軒に供給している。これに加えてケーキやプリンといった菓子の製造過程のゴミを活用してバイオガスの供給量を増やす。スイーツ産業から出る廃棄物は1日11トンで、でんぷん質や糖分を多く含む残りかすを汚泥に加えると、微生物が活発化して発酵が早まり、バイオガスの発生量が増える。ついでに六甲山の間伐材も触媒として使う。」

以前何かで、「日本は食糧輸入大国で、輸入された食料をカロリーに換算すると膨大な数値になる」というのを読んだことがあります。

輸入された食料品は食べられた後で排泄物になるか、使われない部分や食べ残しは廃棄物になるわけで、そうしたものが潜在的に持っている熱量は相当なもののはず。技術とシステムに知恵を絞れば、まだまだ相当できることはあるんじゃないかと思えてきた。

環境と共存する養蜂講座に参加

岐阜県各務原市の河川環境楽園内にある施設自然発見館のイベントに先日参加しましたが、その時見つけたパンフレットが「養蜂講座」。各務原市の主催の環境教育プログラムの一つだそうですが、養蜂を通して環境を学ぶ、というような内容の講座です。

協力しているのは、岐阜にあるアピ株式会社。実際に養蜂を行い、蜂蜜やローヤルゼリーなども生産している会社です。各務原市の川島地区に養蜂場を持っているようなのですが、無償で協力してくれているそうです。おかげで養蜂講座は受講料無料。保険料と頭からかぶる綿布の実費のみで参加できます。

今日はコースの概要説明や参加者の自己紹介。まあ多彩な人たちが参加しています。既に自分で蜂を飼っている人もちらほら。教室での説明等が終わると、実際に河川環境楽園内に置かれた蜂の巣箱と周辺でミツバチが花粉や蜜を集める様子の観察と解説です。

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上の写真が養蜂箱を開けて巣を取り出した様子。蜂蜜もなめさせてもらいましたが、採りたての生の蜂蜜はおいしい。

なぜいきなり養蜂講座に通うようになったかと言うと、理由は二つ。一つ目はアフリカの村落開発などでも養蜂は欠かせないオプションであること。二つ目は、あわよくば自分たちでも蜂を飼って蜂蜜などを生産してみたいという野望を持っているため。

板取の生活が教えるもの

週末にお気に入りの岐阜県関市板取地区の民宿「山の宿ひおき」に出かけました。

ひおきで出される食べ物は、ほとんどが地元産。コメも自分のところの田んぼで作ったもの、鮎はご主人が川で釣ったもの、肉は地元の猟師さんがとったイノシシ、野菜の多くは自分の畑、山菜も自分の山か周囲で採れたものを買ったもの。味噌は自家製手みそ。水は山の湧き水。

おやつに出たのは自分の山の栗を煮た栗の渋皮煮。ヨモギを摘んできたら、即座にヨモギ餅を作ってくれました。このサービスも凄いですが、ヨモギを下処理してすぐに餅にしてしまうノウハウの伝承。

民宿の建物は新しいですが、冷房はなしで暖房は薪ストーブ。山ですから薪には困りません。大きな食卓は今の建物を作る時に取り壊した建物の100年前の梁を再生したもの。

食卓に上るのは10種類以上の野菜、山菜。豪華なものはありませんが、非常に豊かです。

でもそうした板取のような地域の多くは過疎に悩んでいます。もったいないですねえ。多くの人たちがこんな生活ができれば原発なんてまず要らないはず。

今夜はタケノコごはん

我が家の今夜のメニューはタケノコごはん(タケノコごはんのレシピはこちら)。タケノコは、知人の所有する竹林へ僕の両親が出かけて行って掘って来たもの。毎年この時期になるとお誘いを受けて掘りに行きます。

放置状態の竹やぶですからもちろん有機。それが無料でいただけるのですからありがたいものです。

自分たちで掘って来るタケノコですから、もちろんなく抜きなども自分でしなければなりません。今はやりのスローフード、と言えば聞こえはいいですが、まあ面倒は面倒。でもおいしさには代えられません。

これも適度に農地の残る田舎町に住んでいるおかげ。その気になればかなりの野菜は、近隣で手に入れることができると思います。

本来大都会を作らず、このくらいの規模の都市と農村が混じった状態で暮らしていれば、輸送費も少ないし、生ゴミ堆肥を作っても使えるところがあるので良いと思うのですが。